統合失調症の幻聴とは!サトシ君と共に。
「西岡さんは、統合失調症です。きれいな統合失調症と言えます。今は、お気付きかと思いますが認知症も入って来ています。TPOに関わらず、言いたいことを言ってしまうのは知的レベルの低下によるものだと思います。川村さんは、統合失調症についてどの様な知識がありますか?」
「え…と、統合失調症には、妄想型、破瓜型…なんだったかな…」
「勉強されているんですね。どういう症状で、どういう薬が使われているかご存じですか?」
「症状は…、否定的な幻聴が多くて、躁状態になったり、何もする気がなくなる…えーと…」
「無為(むい)ですね。」
「そうです。無為になって寝たきりになる場合もある…?」
うーんと、それから…。
「そういう症状にどういう薬を遣うのか、分かりますか?」
「抗精神病薬の、ジプレキサ、エビリファイ、リスパダール、ロナセン、インヴェガが多いと思います。」
「そうですね、その5つは多く処方されますね。ところで、川村さん、幻聴って聞こえたことありますか?」
え?私?幻聴聞こえてるなっていう振る舞いあった?
「ないと思います。」
「そうですよね。幻聴があってもなくても、ないと思うのが普通です。」
ええ?私が病気なの?
「川村さん、統合失調症の患者さんがいつ発病したかを確定するのは難しいと思います。
もちろん、初発の症状が急に出た場合は、周りの人がだいたいの時期を割り出すことはできるかもしれません。でも、じわじわとゆっくり病状が悪化した場合は、いつからかは分からないと思います。そうですね、仮にサトシ君という人がいたとします。川村さんも自分がサトシ君だったらと考えながら聞いて下さい。」
仮のサトシ君?
「サトシ君はある日、学校からの道を一人で歩いていました。
急に『バカ』と大きな声が聞こえてきました。
前から知らない人が一人で歩いてきましたが、会ったこともない人です。
その人はまっすぐ前を向いて歩いているようですが、何度も大きな声で『バカ』と叫んでいました。
『変な人がいる。早く帰らなきゃ。』サトシ君は急いで家に帰りました。
毎日ではないですが、大きな声で叫びながら歩いている人によく会うようになりました。
町が変わってきたように思いました。他人が怖くなってきました。『不審者が多いな。』と思うようになって、人ごみを避けるようになりました。
ある日、サトシ君がテレビを付けると、『○○サトシを見かけた人は警察に届けて下さい』というニュースが流れていました。
『え?…僕?』とサトシ君はチラッと窓の外を見ました。サトシ君の家を覗いている様な人はいなかったので、何かを聞き間違えたか、同姓同名なんだと思って気にしないようにしました。
しかし、次の日から、『バカ』『逃げないと危ないぞ』『早く逃げろ』などと言う声がテレビや人ごみから聞こえてきました。
『僕は何かに狙われてるかもしれない…。』
サトシ君はだんだんと夜も眠れなくなってきました。
お母さんもサトシ君の顔色が良くないと心配しています。
なんだか頭の中がまとまらなくなりました。
『怖い…。』漠然とした恐怖がサトシ君を常時襲い、家から出られなくなりました。
ある日サトシ君は思いました。
『自分を守らないと…。家族も危険かもしれない。素手ではダメだ…包丁を持っていこう。よし行こう、このまま家にいても危ない。』
サトシ君は包丁を持って路地を歩いているところを警察に保護されました。
これは私のかなり単純な作り話ですが、ありがちな話だと思います。」
医療側は『幻聴』あり、と簡単に言う。確かに、幻聴が聞こえた時に『あらあら、幻聴聞こえてきたわ』なんて思わない。そうか…。
なんかショック。
精神科の患者さんのことを、自分と同じ人間だと思ってなかったのかもしれない。ある意味特別な人達で、理解なんてできる訳ないって思ってた。
医療関係なんだから、理解できなくても、どれくらいのしんどさを抱えているのかを想像するくらいはすべきなのに。
呆然としている私をよそに、岡林先輩が続ける。
「統合失調症の幻聴は、否定的な幻聴が多いと言われますけど、お教が聞こえるとか、セミの鳴き声がするとか、かなり個人差があるようです。
幻聴が聞こえなくなった患者さんが、『寂しい』と言っていたこともあります。その人の幻聴は、きっと友達みたいなものだったのですね。」
岡林先輩は私の考えを見透かすように言う。
「感情移入はしなくても大丈夫です。患者さんの気持ちを慮るのは当然のことですが、私達は薬剤師です。少しでも患者さんの役に立つために薬のことを勉強しましょう。」
「岡林さん、今のサトシ君…、もしかして入院している患者さんですか?」
「サトシ君は存在しません。教科書に載っていそうなキャラクターです。私の創作です。」
なんだったら、サトシ君に会いに行こうとすらしてたんだけど…。架空か…。やるな、岡林先輩。
「西岡さんの発病前後を私は知りません。知的に高かったけれども、統合失調症の再発を繰り返して知的に低くなったのか、元々知的に低かったのかは、ご家族もいらっしゃらないのでもう分からないことです。
でも、入院してから凄く落ち着かれました。どこかのグループホームに入れるくらいになっていると思います。
ソーシャルワーカーさんが、施設か長期に入院できる精神科を探して下さっているみたいです。
抗精神病薬は効きすぎると眠たくなることもあるんですが、西岡さんは全く問題ないみたいですね。」
「そういえば、かなり前ですけど、5階のホールに行った時、『眠たい』って言ってました。」
「私も眠たいって言われましたけど、詳しくお聞きすると眠たいのは眠剤を飲んだ後の様です。眠剤がちゃんと効いて良かったですねと言ったら、喜んでいらっしゃいました。」
クレームに見せかけた感想だったのか…。
眠剤飲んだら眠くなるなんて当たり前やん。そうね、分かった。斜めから来る質問に注意しよう。