新型うつ病の永山さんが入院生活を満喫できるのは、一時の幸運?

薬局に戻ってきて、岡林先輩に声を掛ける。

 

「岡林さん、終わりました。なんだかぼんやりしている人でした。」

「とらえどころがなかったですか?」

「そうです、糠に釘っていう感じでした。」

新型うつ病の人は、そういう人が多いです。あの人は生活リズムを整えることと、社会的なサービスの選択のために入院している人です。」

 

「社会的なサービス?」

「例えば、生活保護訪問看護、作業所、デイケア、障害者雇用で就職などですね。

つまりは、今後の身の振り方をどうするかです。永山さんのレベルであれば就職できると思います。

仕事がなければ引きこもるでしょうし、そうなればご家族も心配されますからね。給料が安くても、生活保護であっても、独り立ちできることが一番大切なことです。」

 

「岡林さんは永山さんに会ったことがありますか?」

「ええ、いつもホールで女性の患者さん達と一緒にお話ししていますから。何度もお見かけしています。今の入院患者さんは穏やかで優しい方が多いので良かったと思います。

パーソナリティ障害の患者さんが多い時に永山さんが来られていたら、永山さんはかなり辛い思いをしたと思います。」

 

「パーソナリティ障害の患者さんは怖いんですか?」

「パーソナリティ障害の人は、自分の行動が相手にどういう影響を与えるか想像できないので、自分の感情のままに動きます。ですから、パーソナリティ障害の患者さんがイライラしている時に永山さんに出会ったら、おそらく何かしら永山さんが傷ついてしまいます。」

 

「パーソナリティ障害の患者さん、要注意ですね。」

「パーソナリティ障害の患者さんが皆さん怒りっぽいとか、他人に強く当たる訳ではないのですが、永山さんは傷つきやすいので・・・」と、岡林先輩が力なくほほ笑む。

傷つきやすいって、うーん・・・、永山さんって39歳ですよね? 精神科の患者さんだからなの?

 

岡林先輩は、性善説を信じている人なんだということが、言葉の端々からも分かる。罪(病気)を憎んで人を憎まず。

 

精神科はちょっと気を抜くと差別の対象になってしまうから、私に対しての説明でも必ず『個人差はありますが』というフレーズを良く使う。それでも、さっきの岡林先輩の表情から、パーソナリティ障害の患者さんへの対応に難渋しているのが分かる。

佐竹さんの言うとおり、岡林先輩も悩んでいるんだな。