恋、それは精神科の病気の症状に非常によく似ている。乙女の焦燥感と地頭には勝てない?
アリサちゃんは年相応にキャピキャピしているが、これほどテンションが高いアリサちゃんを見るのは初めて。
「川村さん、栄養科の友達に聞いたのですけんど、医大から精神科志望の研修医が来られるそうです」
『そうです』の後に、ハートが飛んでる。
研修医と言えば、24,5才くらい。アリサちゃんと同年代か。
医療スタッフは、ほとんどが女性。精神科は男性の看護師が多いとは言え、ウチの病院のスタッフはほとんどが結婚している。
そういえばアリサちゃんが、彼氏とのいざこざが原因でリストカットして入院してきた患者さんの話を聞いた時、「その患者さん、私より充実した人生を送ってます…」と呟いていたことを思い出した。彼氏が欲しい、と見た。
「岡林さん、研修医の先生とお話ししたりします?」と、アリサちゃんが岡林先輩に食いついている。
「アリサちゃん、申し訳ないんだけど、多分、あんまり関わりはないと思います…。ごめんなさいね」と、岡林先輩が申し訳なさそうに答えている。
「川村さん、もし何か関わりができるようであれば、お願いしますね」と、今度は私に訴えてきた。まあ、ほぼ100%力になれないですよね。「はい…」とだけ呟いてみた。
でも、研修医がウチの病院に来るのは初めてのことじゃないのに、なぜ今回はこんなに騒いでいるんだろうと疑問に思ってアリサちゃんに聞いてみた。
「川村さん、今回の研修医は精神科志望らしいんです」と、教えてくれる。
「精神科志望なんて、珍しいですね」と、岡林先輩が嬉しそうに言う。
「岡林さん、精神科志望の医師は少ないですか?」
「私が知る範囲でこの病院に来られた研修医の先生で、精神科志望の研修医の先生はいなかったですね。精神科の先生が増えてくれると本当に嬉しいですね」
生理が近いせいもあるかもしれないけど、なんとなく熱っぽくてだるい。だるいなのに、わざわざスーパーに寄って、チョコレート菓子とコンソメ味のポテトチップスを買う。
私は昔から甘いものが大好きだ。
甘いもの好きは高血糖・低血糖を繰り返し、短絡的思考、忍耐力の欠如、キレやすいなど感情のコントロールができなくなると言われている。なんでも摂り過ぎは良くないよね。
生理前は、カロリー消費が通常よりも多くなるらしい。味覚もいつもより緩慢になる。つまり、生理前はジャンクフードが食べたくなるのだ。ホルモンの効果は絶大ですね。
朝起きると、全体的に身体が浮腫んでいる。
塩分だけでなく、糖分を摂りすぎても身体は浮腫む。腫れぼったく、糸のようになった目を鏡で見ながら化粧をする。
前日に暴食しても、朝ごはんをしっかり食べられるのが不思議。
「おはようございます。」と、浮腫んだ顔で岡林先輩に挨拶すると、「おはようございます。」と、爽やかに挨拶が返ってくる。
岡林先輩と挨拶するとちゃんとしなくちゃと思う。
仕事を始めようとすると、薬局に電話がかかってきた。電話番でない限り、3コール以内には電話に出るのは至難の業。
「研修医の中村です。注射の入力の仕方が良く分からないのですけど、1日4回にするにはどうしたらいいですか?」と、言われた。どうしようかと岡林先輩を見ると、私が行きますとジェスチャーをしてくれたので、その旨を伝えた。
医局にいると言う中村先生に会いに岡林先輩が薬局を出るのを、アリサちゃんが目をキラキラさせて見ている。
数分でまた電話がかかってきた。受話器を取ろうとすると、アリサちゃんがカルタ取り名人の様に受話器を横から奪う。数秒後、満面の笑顔が曇って受話器をこちらに向ける。「川村さん、お電話です」と。
「はい、お電話変わりました。川村です」と言うと、看護師さんから服薬指導の依頼の電話だった。アリサちゃんがちょっとむくれている。岡林先輩が医局に行っている間は、研修医の先生から電話はないと思うよ。
岡林先輩がいないので、服薬指導の時間等はまた連絡する旨を伝えて電話を切った。
しばらくして岡林先輩が薬局に戻ってくる。
アリサちゃんが岡林先輩の胸ぐらを掴む勢いで走り寄る。怖い。岡林先輩もアリサちゃんの勢いにかなり狼狽えている。
「岡林さん、研修医の先生、どんな人でした?」
「感じのいい…先生でしたよ」
「独身ですか?」
困った顔をした岡林先輩がしどろもどろ答える。
「それはちょっと分からないけど、結婚指輪は…、あったかな…?」
「千載一遇のチャンスですけんど!」と、アリサちゃんが口を尖らせている。
「アリサちゃん。結ばれる人とはおのずと結ばれるものだから、何も心配することはないと思いますよ。アリサちゃんは可愛いですし、焦らなくても…」と、岡林先輩が恐る恐るアリサちゃんを慰めている。合縁奇縁。
「占いで、今年中に運命の相手に会えるって言われたんですけんど、出会いなんてないし、気持ちだけ焦ります」と、急に泣きそうになっている。展開の早さが若さの証か。
「あれ、川村さん、服薬指導頼まれてなかったですか?」と、急にアリサちゃんに言われて我に返る。
「そうです。忘れてました。永山さんの服薬指導を頼まれていました」
「永山さんですか。特に問題ない人ですし、川村さん、行けますか?」
「はい」
「では、お願いします。分からないことがあったら何でも聞いて下さい」