可愛いアリサちゃんとの一時。岡林先輩と市川主任の仲は・・・?

クールに見えて、岡林先輩は熱い。

それが最近分かってきた。

「岡林さん、一度に飲む水分の量って…例えば、コップ一杯くらいでも危険ですか?」

「コップ一杯?」

「200mLくらいです。」

「それくらいだったらおそらく問題ないと思います。通常は、1日2~4Lの飲水制限の人が多いのて、それを時間で割って水分量のプランを立てていきます。

多飲の人のプランは何年先も見据えて立てていかないといけませんから、あまり厳しくしすぎてもいけません。ダイエットと同じかもしれませんね。頑張り過ぎるとリバウンドしてしまいますからね。」

岡林先輩は時計を見て言う。

「川村さん、私今からまたちょっと患者さんと約束があるので病棟に行って来ます。」と、去って行ってしまった。

 

ま、私は調剤します。

あれれ、調剤印のインクが薄い。調剤印のインクって、すぐなくなる。

薬剤師は調剤した人の名前と日付をかならず処方箋に押印(もしくは記載)しなければいけないので、1日何十回も押印します。調剤印は摩耗しまくりです。

インク、インク…あれ?ない。

「用度課にインク取りに行ってきます」

ウチの病院は、文房具は全て用度課に取りに行く事になっています。

「川村さん、私も行きます。一緒に行きましょう。」とアリサちゃん。

良かった~。実は用度課に行くの初めて。

「アリサちゃんは、いつからここで働いているんですか?」

「1年くらい前です。」

「へ~。ここに来る前はどこにいました?」

「ここに来る前は、調剤薬局の事務をしてました。」

「薬局の事務か~。私も調剤薬局で働いていたけど、レセプトとか大変ですよね。」

保険が効く病院や薬局は、自己負担以外のお金を公的な機関からもらうために、公的な機関に毎月請求します。その請求をレセプトと呼んでいます。

「そうなんです。けっこう大変でした。今は定時に帰れますし楽しいです。川村さんは精神科志望だったんですか?」

「私?全然。精神科がイヤだった訳ではないけど、精神科を特別希望していた訳ではないです。」

「でも、川村さんが来てくれて岡林さんもとても助かっていると思います。」

「岡林さんは精神科志望だったんですか?」

「志望して来たわけではないと思います。岡林さんは私よりも少し前に精神科に入ったって聞いてます。4年は経ってないと思います。」

岡林先輩、まだ精神科3年?あんなにベテランな感じなのに?ちょっとビックリ。とは言え、岡林先輩はまだ30歳くらいだから、そんなにベテランな訳ではないか。

「市川主任はどれくらいいるんでしょう?」

「主任は、精神科がかなり長いみたいに聞いてますけんど、病棟に上がらないので臨床的なことは分からないと思います。私も岡林さんに以前、主任が何をしているのか聞いたことがあります。でも、主任は管理業務が忙しいからって言われました。管理業務って何なんでしょうね。」

アリサちゃん、言葉に棘がある。市川主任のことがあんまり好きじゃないじゃないのかもしれない。

「市川主任と岡林さんはどんな感じなんですか?」

「どうなんでしょうね。岡林さんは市川主任を大切に扱ってるみたいですけんど。」

アリサちゃんはちょっと面白くない顔をする。

「もしかしてアリサちゃんはあんまり市川主任と親しくないんですか?」と、思いきって聞いてみる。

「親しくないって言うか、何してるか分からないし、岡林さんにばっかり仕事押し付けるし…主任は人としては良い人だと思いますけど、上司としてはどうかなって…。」

「そうなんだ。岡林さんは何も言わない?」

「岡林さんは、部下に上司の仕事が分からないのが普通だから、私達にできることは私達がすればいいって言ってました。仮に主任に色々言っても暖簾に腕押しってことは分かるんですけんど。あまりに岡林さんが大変そうで。」

ふ~ん。そういう感じなんだ。

「岡林さんはもともと病棟に行くのが好きなんですか?いつも病棟に行っているイメージがありますけど。」

日本の精神科はまだまだ閉鎖的な場所が多く、医師・看護師以外が病棟にいることは普通ではないとされている。最近になって、ソーシャルワーカー作業療法士、薬剤師が病棟に上がる様になっています。精神科の病院で、薬剤師が病棟に専属でいるというのは、日本全国をみてもかなり珍しいことと言えます。

「ウチの精神科は人員も少なかったせいか、あんまり病棟に行けなかったみたいです。でも、あの時くらいからかな?岡林さんが病棟によく上がるようになったのは…。」

「あの時?」

「私も股聞きなんですけど、岡林さんが精神科に配属になって少ししてから閉鎖病棟の病棟内で自殺が起きたんです。岡林さんとも少しだけですが面識があった人みたいで、岡林さんもショックを受けていました。拒薬もあったみたいで、もし薬を飲めていたらって思っているのかもしれません。

私がここに来てからも何人か亡くなっていますけんど、病棟内での自殺はあの一件だけです。」

閉鎖病棟内で自殺…?看護師さんがいるのに?

アリサちゃんはちょっと俯きながら続ける。

「岡林さんに聞いたら、本気で自殺しようと思う人を100%止めることは難しいって言ってました。岡林さん辛そうでした。何をしていても自分が自殺を止められた可能性なんてほとんどないだろうけど、悲しいですよねって言ってました。そのことがあってからだと思います、岡林さんが病棟に頻繁に行くようになったのは。

岡林さんの中でもいろいろ思うところがあったみたいです。そんなこと顔には出さない人ですけんど、やっぱり辛かったんでしょうね。川村さんが来てくれて、岡林さんも本当に気が楽になったと思います。」と、最後は笑顔で言ってくれる。

用度課に着いた。

私はインクを、アリサちゃんは消耗品やコピー用紙を手に取る。

重い物は半分こ。

アリサちゃんが笑いながら言う。

「岡林さんって本当に良い人で大好きなんですけんど、ちょっと変わってますよね。」

「変わってる?」

「何にも動じないし、芸能人で誰が好きか聞いたら竹内直人が好きって。なんか不思議です。」

「アハハ。それは不思議ですね~。」

薬局に着いて早速調剤印にインクを入れた。やっぱりインクがしっかり付くと気持ちがいいな。

おっと時間が。業務再開。