服薬指導が終わった後の、尋常じゃない疲労感を感じつつ、本日を振りかえる。病棟での生活を考えて、社会生活の大変さを垣間見た29歳。
看護師さんに服薬指導が終わったことを報告して、面会室の電気を消して薬局に戻る。
ふー、なんだか疲れた。階段を降りて、扉を開けると2階。外来の待合室を横切って薬局に戻る。
調剤薬局では毎日服薬指導をしていたのに、どうしたことか。
めちゃめちゃ疲れてる。まあ、調剤薬局では精神科の患者さんはいなかったけど。
薬局に着いた。
「戻りました。」
「川村さん、お疲れ様でした。お茶でも飲みます?」
お茶?なぜお茶?あ…、喉がカラカラ。
あまりにも喉がカラカラなので、岡林先輩が入れてくれようとしていたお茶を辞退して、ペットボトルに入れてきたお茶を一気飲みする。美味しい。
水中毒の人の気持ちがちょっと分かるわ。ぐびぐび飲むって、めちゃめちゃ気持ちいい。
「川村さん。初めてだと緊張しますよね。復習をしましょうか。」
「はい、お願いします。」
時計を見ると薬局を出てから1時間くらい経っていた。だからお茶か。
岡林先輩はすごいな。岡林先輩のいつもと変わらない笑顔に身体の筋肉が緩む。
「川村さん、若松さんはどうでした?」
若松さんの印象や受け答え、私の説明などについて報告する。岡林先輩はじっと聞いてくれる。報告が終わると、岡林先輩が話始める。
「順調に終わったみたいですね。お疲れ様でした。気になることがありますか?」
「気になる事はたくさんあります。聞いてもいいですか?」
「もちろんどうぞ。」
「まず、薬が多いって言われました。説明の仕方が悪かったでしょうか…。」
「特に意味はないと思います。お薬説明書に並んだ薬を見て、単純に薬が多いなって思ったんだと思います。深い意味はないと思います。
そもそも若松さんは薬が好きな人なので、薬が多いからと言って拒薬するとは思えません。」
そうか、岡林先輩は、若松さんが以前に入院していた時に対応していたから、若松さんのことに詳しいんだった。よく知っている患者さんだからこと、私が服薬指導してもいいんだって判断したのか。なるほどね。
「川村さん、疲れましたか?」
「はい、なんだか疲れました」
「精神科というだけで構えてしまいますね。自分の言った一言で自殺したらどうしようとか考えますか?」
「はい。そうなんです。自分の言った一言で自殺とか、何か治療に対して致命的な事を言ってしまったらって。」
「どうしても言ってはいけないことがあれば、カルテに大きく書いてますから大丈夫です。
自殺についてですが、この病院の患者さんは、川村さんが良かれと思った言葉が原因で自殺するということは、まずないと思います。
この病院では、患者さん同士がホールで一緒になりますし、かなり攻撃的な人やお節介な人がいます。えてしてそういう患者さんは相手の気持ちを考慮することはありません。ですから、患者さんの事を慮っている川村さんの言ったことで深く深く傷つくことはないと思います。」
「そうなんですか。ちょっと気が楽になりました。
今思い出したんですけど、下剤のことを聞き忘れました。」
「また伺えばいいです。」
「あともう一つ、お聞きしたいのですが、体重について聞かれました。分からなかったので、看護師さんに聞いて下さいって言って終わったのですが…。」
「摂食障害の患者さんは体重について過敏ですからね。その対応でいいと思います。基本的に薬のこと以外は知らないというスタンスで問題ないと思います。」
「分かりました。質問は…、今はそれくらいだと思います。」
「お疲れ様でした。カルテを書いたら今日は定時で帰って下さいね。休むのも仕事の内です。」と、岡林先輩はにっこりとほほ笑む。
またちょっと緊張が緩んだ。
本当に疲れている時は、疲れている事にすら気付けないと言う。
緊張していたと感じるのであれば、かなり緊張が解れてきたのかもしれない。
よく分からないけど。