精神科の患者さんへの対応にやたらと恐れおののいてしまう。そして、超絶明朗な先輩により目から鱗がこぼれ落ちた。
『まーいいか』か…。
寝ると忘れる私は、まーいいかの境地なの?
はー、分からんことばかりだ。
今日のお昼はお弁当を持ってきていないから、食堂で食べよう。
食堂で1人でご飯食べるのイヤだなあ。
「あれ、川村さん?今日は食堂なの?」と、元気いっぱいな佐竹さん。
「佐竹さん、お疲れ様です。今日は私も食堂です。ご無沙汰しています。」
「精神科はお隣だけど別病院だし、あんまり会わないね。何食べる?」
「私はラーメンにしようと思います。」
「ラーメンもいいね。私はサバ味噌にしようっと。」
いいなあ。何をするにも元気いっぱい。佐竹さんは疲れることがあるのかな。
「大枝さんは、疲れたりします?落ち込んだりとか…。」
あ、うっかり聞いちゃった。
「川村さん、すごいこと聞くね。アハハ。ちょっと失礼かも。
もちろん疲れますよ。家ではグターってソファに寄生してるし、当然落ち込む事もあるよ。」
すごい元気。
「で、川村さんは、疲れている、というか落ち込んでるの?」
「え…、分かります?落ち込んでいるように見えます?」
「う~ん、落ち込んでいる様には見えないけど、落ち込んでるからこその質問かなって思った。で、どうしたの?」
私が洞察力なさすぎるかな。岡林先輩と言い、佐竹さんと言い、なんか鋭い。これが年の功?
でも、佐竹さんと二人で話せる機会もあんまりないだろうから、聞いてみよう。
「精神疾患の人への接し方とかが分からないんです。もう少しで1人で服薬指導とか行かないといけないんですけど、なんだか怖くって…。傷つけたらどうしようって。」
「自分が言った言葉で、自殺とかしたらどうしようかって?」
図星すぎて顔が引きつる。
「川村さん、大丈夫でしょ。岡林さんに聞いてる範囲でしか知らないけど、自殺のリスクがある人は、入院する時に自殺はしませんって誓ってから入院する訳だし。
それに、その患者さんが一生その精神科で入院してるんだったら話は違うけど、自宅に帰る、もしくはグループホームとかの施設に行く予定なんだったら、川村さんの言葉くらいで自殺してたら命がいくつあっても足りないよ。
世の中には、キツイ人も沢山いる。『キチガイ』って、正面切って言う人も実際にいるから。
川村さんの対応が100点満点じゃなかったからと言って、致命傷になることはないでしょ。」
わー。さらっと言う。言いにくいことをスパッと言うなー。
「川村さんの目標は何?」
「えっ? もく、目標?人生の?」
「アハハ。そうじゃなくて、精神科の患者さんに接する上での目標。」
「薬を効果的に使ってほしい…かな? 勝手に薬を飲むのを止めた時のリスクも知って欲しい、かな?」
「だったら、それを話せばいいんじゃない。慢性的な疾患に関わる医療スタッフは大なり小なりその人の人生に関わる。その人自身を変えることはもちろんできないけど、その人の望む人生を生きれるようにサポートしていければいい。
でも分かる。精神科って、未知の領域だもん。
うつ病は『心の風邪』とか言って認知度は上がったけど、『頑張って』って言ったらダメとか言うし。そもそもケースバイケースなんじゃないかな。
でも仮に、相手が望む言葉ではない言葉を言ってしまったとしても、それで再起不能になるほど落ち込むことはないでしょ。何度も言うけど、世間にはもっと心無いことを言う人がたくさんいるから。
皐月がね、気持ちが全て伝わることはないかもしれないけど、それでも気持ちは必ず伝わるって言ってた。だから、川村さんが患者さんの事を大切に思っていることは、期待する時や形ではないかもしれないけど、必ず伝わると思う。まあ、そう信じなきゃやってけないしね。」
「皐月?あ、岡林さんの名前。」
「いつもは皐月って名前で呼んでるけど、職場で名前で呼ぶと皐月が怒るから。でも、うっかり呼んじゃった。内緒ね。」
「岡林さんはすごいですよね。もう、完璧って感じです。」
「皐月が?完璧な訳ないよ。全然違う。皐月くらい悩んで落ち込む人はいないし。すぐに泣くしね。」
「岡林さんが…、なんか全然想像できない。」
「皐月は死ぬほど人見知りなの。なんかこう、掴みどころがない感じがしない?裏表はないけどね。ウソは下手だよね。いい年だし、方便くらいは使える様になって欲しいんだけど。変な子だよね。まあ、面倒みてあげて。」
「いえいえ、私が一方的にお世話になってますから。」
「うわ~、川村さんって謙虚。良い人が入って皐月も喜んでるね。おっと、そろそろ戻りましょうか。歯を磨かなくちゃ。」
そうだった、佐竹さんはやたらと丁寧に歯を磨く。一見そうは見えないけど、気配りも細かいし几帳面なんだ。
私も、歯くらいはちゃんと磨こう。