グループワークの存在意義を学ぶ

薬の説明が終わって、質疑応答の時間になると、患者さんが積極的に手を挙げる。

「便秘が酷いんです。やっぱり薬のせいですか?」と、秋山さん。

岡林先輩は毎回の質問に相手の目を見ながら答える。

抗うつ薬は、便秘や口が渇いたりする副作用は確かにあります。

しかし便秘は、食事や水分が摂れているかどうか、最低限の運動ができているかどうか、夜眠れているかどうか、精神的に安定しているかどうかも大きく関わって来ています。まずは生活を見直して、便秘薬を上手に使って行きましょう。」

「そういえば、あんまり水分は摂らないですね。入院してからあんまり動きませんし。でも、夜眠れているかどうかも関係あるんですか?」

「胃腸は夜間に活発に動きますし、腸はもともと精神的な影響をとても受ける臓器ですから、夜しっかり眠れていることや精神的に安定していることは、人によっては腸に大きく影響すると思います。」

「最近、あんまり眠れていないのでその影響もあるのかもしれないです。」と、秋山さんは納得している。

 

「お腹が空きます。」と、また唐突に西岡さん。

「ご飯の量を栄養士さんに確認してみましょう。間食についても相談していきましょう。」と、開始時間から変わらない笑顔で岡林先輩が答えている。特に納得した訳でもなさそうだけど、言ったことで満足しているのかパンフレットを見つめて静かにしている。

西岡さん、大丈夫?

私の心配をよそに薬の説明会は無事に終わり、閉鎖病棟の患者さんは迎えを待って、開放病棟の患者さんは

 

岡林先輩と一緒に薬局に戻る。

「初めてだと、いろいろ分からないこともありますよね。何か質問はありますか?」

「岡林さん、西岡さんは大丈夫なんですか?」

「西岡さん…、ちょっと知的にレベルが下がっていますね。でも、1時間座っていられました。良かったです。」

参加しちゃって大丈夫だったんだ。

知的に落ちている人に、勉強会に来てもらって意味はあるのかな?

「西岡さんはこのまま悪化していくのですか?」

「個人差があるので確定的なことは何も言えないですけど、知的に落ち続ける人と、病気の症状の改善と共に良くなっていく人もいます。」

へえ、良くなる人もいるんだ。

「岡林さん、病気で知的に落ちることってあるんですか?」

「もちろんあります。病気の症状が思考の邪魔をすることもありますし、うつ症状になると記憶力の低下を訴える人がとても多くなります。幻聴が強い時などはちゃんと考えられない場合も多いでしょう。」

ちょっと考えれば当たり前か。足が痛かったり、背中が痒い時に集中して考えることなんてできないしね。

「他に質問はありますか?」

1時間座っていられることは、大切なことですか?」

「今、少し説明しておいた方が良さそうですね。今日来てくれた患者さんについての説明と、グループワークの説明をしたいのですけど、説明が長くなると思います。業務が滞ってはいけませんから、市川主任の許可を得てきます。」と、言っていなくなる。

「許可を得ました。眠たくなったら言って下さい。休憩を入れます。」

眠りそうだったこと、やっぱり気付いていたんだ。…辛い。

「精神科のグループワークは沢山あります。薬剤師が関わっているのは4つくらいでしょうか。

薬剤師が関わっているグループワークで、定期的に行われているのは、今日参加してくれた薬の説明会だけです。

疾患の種類、年齢などは不問で、1時間座っていられる人であれば参加可能です。

看護師・作業療法士・薬剤師で参加できそうな患者さんの候補を挙げて、主治医に説明会参加の許可を得ます。

グループワークは、複数の患者さんとスタッフで行います。患者さんの中には、集団の中に入るのが非常に大きなストレスとなる人がいます。

でも、社会に出るための一歩ですので、しんどくても1時間の間参加することに意味があります。」

だから1時間参加できて良かったって言ってたのか。確かに、1時間他人と同じ空間にいることができれば電車やバスに乗る事も可能だしね。

「精神科の任務は、患者さんが社会に戻り、社会で継続的に生活することをサポートすることだと思います。復職、就職、独り暮らし、作業所デイケア、ご家族と同居、グループホーム等の施設…その人にあった暮らしを社会でしてもらうことが目的だと思います。

精神科の患者さんが生涯入院生活を送るなんて、もう昔の話です。

精神科だけではないでしょうけど、10年入院してしまうと社会には戻れないと言われています。

薬と生活技能訓練が両方あって初めて治療の効果が出るので、入院中に薬の自己管理をしてどうやったら薬を飲めるか患者さんと一緒に考えていきたいと思っています。薬剤師が生活技能訓練や心理療法に全て参加するのは時間的に無理ですので、薬に関してだけでもできるだけ関わっていきましょう。」

と岡林先輩は一呼吸置く。

 

なんか、今日の岡林先輩は熱い。表情や口調はいつもと変わらないけど…、強い思いってこういうのかな?なんか、熱い。