摂食障害、カロリーが足りないと脳は委縮する?

「サワコさんのお話はかなり漠然としていますが、拒食、過食嘔吐、下剤は摂食障害の人に多いです。過食嘔吐だけで下剤は使わない人、下剤だけ使う人など、個人差がありますし、自傷行為を行う人もいます。自傷行為というのは、自分で自分を傷つける行為のことです。自傷行為の中でもリストカットや過量服薬が多いと思います。

摂食障害の患者さんは、衝動性が高い患者さんが多いと思います。

それに、摂食障害の患者さんは、その衝動性を隠すためや、痩せるためにウソをつくことも多いです。

嘘をつくことも症状の1つだと思っています。性格の問題などではなく、症状だと思って下さい。嘘をつくということは、罪悪感を感じているということで、止めたいけどやめられないんですよね。本人も辛いんです。

痩せるという妄想に左右されているので、致し方ないことで、患者さんを責めてもどうにもならないのですけど…。」

ん?やや棘がある言い方?

「岡林さん、もしかして嘘をつかれたことが…?」

「もちろんあります。嘘をつかずをえない精神状態も辛いのだと分かっていても、始めはやるせない気持ちでいっぱいでした。心を開いてくれたと思っていた人に嘘をつかれると…信頼されていないと感じると虚しくなることもあります。長く関わると難しいことですが、客観的に対応できるくらいの距離感は保つように心がけています。」

「嘘をつかずをえない精神状態…。」

にっこりと頷いて、岡林先輩は説明を続ける。

摂食障害の患者さんの食べ方は偏りが大きく、瞬時に満足を得たいのか、味覚自体が鈍くなっているのか、味が異常に濃いものを好む傾向があります。

彼らにとって、食べるのを我慢できる時に食べろと言われることは苦痛だと思いますが、『普通の食生活』に矯正していかなければ、自然と良くなることは…入院するくらいの患者さんではなかなか難しいと思います。

カロリー摂取が極端に少なくなると、思考が鈍くなり理解力が低下します。論理的に考えることができなくなり、衝動性が増したり、痩せたいという妄想で行動の全てが左右される場合があります。るい痩(るいそう:強度に痩せた状態)が長期間続くと、脳が委縮することがあります。

ですから、時にはやや強引にでも、点滴や経鼻チューブで栄養を入れなければいけない場合もあります。患者さんが積極的でない治療を行うことは、医療スタッフにとっても大きな負担になりますが、摂食障害の患者さんは人によっては死のリスクが非常に高いため、やむを得ない場合もあります。

摂食障害の患者さんは訴えがとても多いです。それが本当に辛いのか、誰かと話がしたいだけなのかは分かりません。しかし、定期的に関わって行くのは大切だと思います。

今までの説明で、何か質問はありますか?」

 

私もダイエットはしたことがある。

リンゴダイエットから始まって、絶食まで様々なダイエットを試してきて、当然の様にリバウンドも何度もしている。

その経験から言わせてもらうと、普通はそれほど頑張れない。

「なんでそんなに頑張れるんですか?」と、漠然とした疑問を聞いてみる。

「…。痩せたねって言われる快感、人からかまってもらえる本能的な喜び…。分かりません。」

「寂しいだけですか?」

「ある意味、そうかもしれません。」と、軽く頷きながら岡林先輩が答える。

「彼らは、どれくらい痩せたら気が済みますか?」

岡林先輩が困った様に首を横に振る。気が済むことなんてないんだ。

なんとなく沈黙が流れた。

そもそも、岡林先輩の声のトーンがいつもよりちょっと暗い。

摂食障害の患者さんに、薬剤師はあまり役に立てないんです。いえ、ただの勉強不足です。ごめんなさい。」

珍しく自嘲的に笑う。すぐにいつもの岡林先輩に戻って話し続ける。

摂食障害の患者さんは、小さな訴えが多いのはさっき言いましたね。まず傾聴、そして、専門的な話よりも一般的な話をします。

向こうがご機嫌だろうと、怒ろうと、イライラしようと、私達はできるだけ態度を変えない方がいいと思っています。

 

例えば、便秘という訴えがあれば、食事や水分は摂れているか、夜眠れているか、お腹や体は冷えていないか、お腹のマッサージはしているか、気持ちは落ち着いているかなど、本当に一般的なことを聞いて様子を見ます。

どうしても便秘が続くという訴えが連日あったとしても、薬を増やす方向にいったことはないです。

私の対応が良いのか悪いのかは、分かりませんが…。まだまだ試行錯誤です。」

と、岡林先輩はにっこりと微笑む。全然関係ないけど、肌キレイだな~。